Spiegel, das Kätzchen (2)
Gottfried Keller
「我が家のとてつもなく高くて古い屋根にはな、ちなみにそこは猫にとって世界で最も素晴らしい屋根なんだが、そこには興味をそそる場所や隅っこがたくさんあるのだ。日の一番当たる高い場所には上等なイネ科の草が生い茂っていて、まるでエメラルドのような緑色をしている。細く繊細な草で、風にゆらゆらと揺れながらお前を誘うのだ。ご馳走が少々胃にもたれたときは、一番柔らかい葉先を噛んで楽しんでご覧、とな。 そうやってお前はとても健康でいられて、そのうち私に役立つ脂肪をたっぷりと提供してくれることだろう!」
かがみはもう長いこと耳をぴんとそばだて、よだれを垂らしながら聞き入っていました。それでも理解力が衰えていてどういうことなのかまだはっきりとは分からなかったので、こう聞き返しました。「悪くない話ですね、ピナイスさん! ただし、あなたに私の脂肪を提供するのに命を捨てないといけないのなら、どうやって私はその対価を手に入れて堪能すればいいのかが分かるなら、の話ですが。だって私はその時にはもういないじゃないですか」
「対価を手に入れるだって?」と魔法使いは驚いた様子で言いました。「お前を太らせるための、たっぷりとしたご馳走を楽しむことが対価じゃないか。分かり切ったことだろう! しかし、私はお前にこの取り引きを強制するつもりはない!」と魔法使いは言い、その場を立ち去る素振りを見せました。 そこでかがみは慌てて恐る恐る言いました。
「せめて、私が丸々と太りきった後も、少しだけ猶予を与えていただけませんか? 快適ではあるけれども、ああ、とても悲しいその時が来て明らかになっても、突然この世を去らなくてもすむように!」
「そうするとも!」とピナイスは親切心をよそおって答えました。「その次の満月が出るまでは、快適な状態を楽しむことを許そう。しかし、それ以上は駄目だ! 月が欠けていく時期に入ってはならないんだ。そうなると私が正当に手に入れた財産に悪影響を及ぼすからな」
子猫は急いで取り引きを受け入れ、魔法使いが常に持ち歩いていた契約書に署名しました。署名は子猫の鋭い爪でしたのですが、その爪はかがみにとって最後の財産であり、いまより良かった日々の名残りでした。
「昼食に私のところへ来るがいい、猫よ!」と魔法使いが言いました。「正午きっかりに食事だぞ!」「お許しいただけるのであれば、喜んでお伺いします!」とかがみは答え、正午ぴったりにピナイスのもとに現れました。 こうして数か月に渡る、子猫にとってこれ以上ないくらい快適な生活が始まりました。というのも、この世でやるべきことといえば、魔法使いが出してくれる美味しいものを食べることと、気が向けば魔法使いが魔術を使うのを眺めること、それと屋根の上を散歩することぐらいでしたから。 その屋根は巨大な霧除けのような、あるいはシュヴァーベン地方の農夫たちがかぶる大きな三角帽のような形をしていて、その帽子が策略と狡猾さに満ちた頭を覆い隠しているように、この屋根もまた、魔術の道具と数限りない逸話に満ちたこの、大きくて暗くて隅っこのたくさんある家を覆っていました。 ピナイスは何でもできる人物で、小さな職務を百くらいこなしていました。人を治療し、南京虫を駆除し、歯を抜き、お金を貸して利息を取っていたのです。孤児や未亡人みんなの後見人であり、暇な時には羽ペンを削って一ダースを一ペニヒで売り、美しい黒インクも作りました。さらに生姜や胡椒、車軸油やリキュール、ノートや靴釘を売り、塔に設置してある時計を修理し、気象や農民のあいだで言われている天気にまつわる格言や、瀉血用の図解を載せた暦を毎年作っていました。太陽の出ているうちは、ほどほどの報酬で合法的な業務を数多くこなし、違法なことは暗くなってから、個人的な興味や情熱のもとに少しだけしました。合法的な業務にも、業務が自分の手を離れる前に素早く違法なものを付け加えることもありましたが、それはカエルの尻尾のように小さなもので、面白半分といったところでした。 その他にも天候が思わしくないときには天気を操ったり、自分の魔術で魔女たちを監視しながら彼女たちが魔女として成熟すると火あぶりにしたりしました。自分のために魔術を使うときは、科学的な実験と家での用途だけに使ったほか、自ら編集して清書した町の法律を密かに試したり改ざんしたりして、法律の穴を探りました。 ゼルドヴィーラの人々は常日頃、自分たちのために小さなものから大きなものまで、面白くもない業務をこなしてくれる市民を必要としていたので、ピナイスは町の魔法使いとして任命され、もう何年も前から朝な夕なその役職を献身的にそつなく務めていたのです。 そのせいでピナイスの家はありとあらゆるものが上から下までぎっしりと詰まっていて、かがみはそれを見たり嗅いだりして退屈しのぎには事欠きませんでした。
とはいっても、始めのうちかがみは食べ物以外に興味を示しませんでした。 ピナイスが差し出すものは何でもがつがつと飲み下し、次の食事まで待ちきれませんでした。 そして胃に詰め込みすぎてしまい、本当に屋根の上に登って緑の草を食べ、いろいろな不快な症状を治さなければなりませんでした。 魔法使いはこの旺盛な食欲を見てたいへん喜び、この調子だと子猫はすぐにでも太るだろうし、自分が食事に手を掛ければかけるほど状況をうまく運んで、結局はすべてを節約できるだろうと考えました。そこでピナイスはかがみのために部屋の中に見事な景観を作り上げました。小さなモミの木で森を作り、石と苔で小さな丘を築き、小さな池を敷きました。 木の上には香ばしく焼いたヒバリやアトリ、シジュウカラ、スズメなどを季節ごとに置き、かがみがいつでもそれを木から降ろして食べられるようにしてありました。 小さな山にはネズミの穴を模したものを作り、その中に贅沢なネズミのご馳走を隠しました。そのご馳走は、ネズミを小麦粉で丹念に肥育し、内臓を取り除いて細く切ったベーコンを詰めて焼いたものでした。 かがみが簡単に手で取り出せるネズミもあれば、もっと面白くするために深く隠してあるものもあり、そいうネズミは糸で結ばれていて、かがみが糸をそっと引き出さなければならないようになっていました。気晴らしに狩りのまねごとが楽しめるようになっていたのです。 池にはピナイスが毎日新鮮な牛乳を注ぎ、かがみがその甘い飲物でのどを潤せるようにしてあって、さらに焼いた小魚が池に浮かべられていました。ピナイスは、猫はときどき魚捕りも楽しむものだと知っていたのです。 このようにしてかがみは贅沢な生活を送り、好きなことやものを好きな時にしたり、食べたり、飲んだりしていたので、当然のことながら目に見えて肥えていきました。かがみの毛並みはふたたび滑らかになって光沢を放ち、目は生き生きと輝きました。そればかりでなく、精神力も取り戻したために、素行もよくなりました。荒々しい貪欲さはなくなり、辛い経験をしたことで以前よりも賢くなっていました。 欲望を抑え、適度な量だけ食べるようになり、それと同時にふたたび理性的で深い考察を追求し、物事を洞察するようになりました。 そんなある日、かがみは木の枝から美しいツグミを捕ってきました。そしてそれをじっくりと解体すると、小さな胃袋が丸く膨らんでいて、新鮮で傷一つついていない食べ物でいっぱいになっていることを見つけました。 きれいに丸められた緑の草、黒や白のつぶつぶとした種、そして鮮やかな赤いベリーが可愛らしくきちんと詰められていて、まるで母親が旅行に行く息子のために小さなリュックに詰めたかのようでした。 かがみは鳥をゆっくりと食べ終え、鳥が楽しんで満たした小さな胃袋を爪に引っかけて哲学的に観察していましたが、そうするうち、この平穏な営みの直後に、詰め込んだものを消化する間もなく命を失ってしまった鳥の運命に、心を動かされたのです。
「可哀相なやつだ」とかがみは言いました。「こいつが、こんなにもせっせと熱心に餌を取ったことがいったい何になったというんだろう。この小さな胃袋は、まるで一日中頑張って働いたかのようにいっぱいになっているのに。この赤いベリーのせいで、自由な森から、鳥を掴まえる罠におびき寄せられてしまった。 こいつはもっと良い生き方をしようとして、このベリーで命を繋ごうとしたんだ。なのに、今この不幸な鳥を食べた自分はと言えば、ただ死に一歩近づいただけじゃないか。 命をほんの少し引き延ばして、でも結局はその対価のために引き延ばした命を失わなければならない契約なんて、これ以上惨めで卑怯な取り引きが他にあるだろうか。 あのまま速やかに死んだほうが、毅然とした雄猫には相応しかったんじゃないか? でも、あのとき自分は何も考えていなかった。また考える力を取り戻した今、僕の目にはあのツグミの運命しか見えない。十分なだけ丸々と太ったら、僕はこの世を去らなければならないんだ。ただ太ったからと、それだけの理由で。 なんて素晴らしい理由だろう、生きる喜びと豊かな知恵を持った猫にとって! ああ、この罠から抜け出すことができたら!」
かがみはどうすれば上手くいくのかとあれこれ深く思い悩みましたが、まだ危険が差し迫ってはいなかったので、はっきりとした考えを持てず、逃れる方法も分かりませんでした。それでもかがみは賢い猫だったので、時がくるまでは徳と自制に身をゆだねることにしました。このような姿勢こそが、何かが決まるまでの最善の準備であり、過ごし方なのです。 かがみは、かがみがせっせと寝て太るようにと、ピナイスが用意した柔らかいクッションにはそっぽを向き、その代わりに、休みたいときは以前のように細い梁や高い危険な場所に横たわることを好みました。 同じように、焼かれた鳥や詰め物をしたネズミも拒否しました。かがみは今では正当ななわばりとして狩りの場を持っていたので、屋根の上で機敏さと賢さを活かして生きたスズメを捕ったり、倉庫の上ですばしっこいネズミを捕ることを好みました。そういった獲物は、ピナイスの囲いの中で育った動物よりもずっと美味しく、また、食べてもかがみは太らなかったのです。運動や勇敢さ、また徳と哲学をふたたび取り戻し実践したことも、すぐに太ることを防いでいました。そのため、かがみは健康でつやつやとして見えたものの、ピナイスが驚いたことには、ある程度の体形を維持したままで、魔法使いが目標とした肥え具合にはなかなか達しませんでした。というのも、ピナイスが思い描いていたのは、丸々と太って重くなり、クッションから動かず、脂肪だけでできた動物だったのです。 けれどこの点については、ピナイスの魔術が間違っていたのです。ピナイスの狡猾さを持ってしても、ロバに餌をやったところでロバはロバのままで、狐に食べ物を与えても狐以外のものにはならない、どんな生き物も、自分自身のあり方で育っていくものだということが分かっていなかったのです。 かがみがたっぷりと食事を与えられているにも関わらず、しなやかで健康的な引き締まった体を保っていて、一向に期待するほど太らないことに気づいたピナイスは、ある夜突然、かがみを厳しく問い詰めました。
「どいうことなんだ、かがみ! なぜ、私がこんなに気を遣って腕によりをかけて準備し作った美味しい料理を食べないのだ? なぜ焼いた鳥を木の上で捕まえない? なぜ山の穴で美味しいネズミを探さない? なぜ湖で魚を捕らなくなった? なぜ毛づくろいをしない? なぜクッションの上で寝ない? なぜそんなに自分に厳しくばかりして、私のために太ろうとしないのだ?」
「はぁ、ピナイスさん!」とかがみは答えました。「この方が快適だからですよ! 私には短い時間しかないのですから、自分にとって一番心地よいように過ごすべきではありませんか?」
「なんだと!」とピナイスは大声を上げました。「お前は丸々と太れるように暮らさないといけないんだ! 体力を消耗させるんじゃない! お前の考えは読めてるぞ! お前は私をあざむき、この中途半端な状態を永遠に引き延ばそうと考えているのだな? そんなことは絶対にさせないぞ! 飲んで食って毛づくろいをし、太って脂肪をつけるのはお前の義務だ! 今すぐ、こそこそと契約に違反して自制するのをやめろ。それとも一言、がつんと言ってやろうか!」
Fortsetzung folgt in „Spiegel, das Kätzchen (3)“
Originalgeschichte: Gottfried Keller „Spiegel, das Kätzchen“ Universal-Bibliothek Nr.77