Spiegel, das Kätzchen かがみという名の子猫(3)
ゴットフリート・ケラー
かがみは落ち着きを保とうとして喉を気持ちよくゴロゴロ鳴らしていたのを止めて言いました。
「節度を保ったり、健康的な生活を送ってはいけないなんて、私の知る限り契約のどこにも書いてないじゃないですか! 町の魔法使い様が、私を怠け者の食いしん坊だと思い込んでいたなら、それは私の責任ではありませんよ! あなた様は毎日、合法的なことをたくさんされていらっしゃるのですから、この件もひとつそれに習って、お互いにとって望ましいようにしようではありませんか。あなた様もご存じの通り、私の脂肪は契約にのっとってついた場合のみ役立つのですから!」
「おい、このおしゃべり野郎!」とピナイスは怒って叫びました。「私に説教するつもりか? どれ、いったいどれだけ脂肪がついたのか見せてみろ、この怠け者が! もしかしたら、もう直にお前を始末できるかもしれないぞ!」
と言ってピナイスは子猫の腹をつかみましたが、それがくすぐったく不快だったので、子猫は鋭い爪で魔法使いの手を引っ掻きました。 できた傷をピナイスはじっと見つめました。
「こういう態度をとるのかね、この獣め! よろしい、ではここに宣言しよう。契約に基づき、お前はもう十分太ったとな! 私はこの出来で満足し、お前の脂肪を確実に我が物とする! 五日後には月が満ちる。それまでは楽しんで生きるがいい、契約に書かれている通りにな。そしてそれ以上は一分たりともないぞ!」
そう言うとピナイスは子猫に背を向け、考え込んでいる子猫をそのままに立ち去っていきました。
かがみはひどく思い悩んで鬱々としました。 いよいよ命を失わないといけない時が来たのでしょうか? どんなに賢明に考えても、もはや何もできることはないのでしょうか? かがみはため息をつきながら高い屋根に登りました。その屋根の棟(むね)は暗い影となって、美しい秋の夕暮れの空にそびえています。折しも月が町の上に昇り、古びた屋根の苔むした黒い瓦に光を投げかけました。すると、ふいに愛らしい歌声がかがみの耳に入りました。雪のように真っ白な毛をした雌猫が、きらきらと輝きながら隣の屋根の棟を歩いています。そのとたん、かがみは自分の置かれている状況をすっかり忘れてしまい、自分が歌える最も美しい雄猫の歌を歌って、美しい雌猫の歌う賛歌に応えました。 かがみは急いで雌猫に近寄り、ほどなくして三匹の見知らぬ雄猫たちと激しい戦いを繰り広げることになりましたが、勇敢に激しく戦って雄猫たちを追い払いました。 そうしてかがみは雌猫に情熱を注いでひたむきに尽くし、昼夜を問わず一緒に過ごしていたため、ピナイスのことも、家にいておくこともすっかり忘れていました。 かがみは美しい月夜にまるで小夜啼鳥のように歌を歌い続け、白き恋人を追いかけて屋根や庭を駆け回りました。激しく情熱的な恋の遊びやライバルたちとの戦いの最中、一度ならず何度も高い屋根から道の上へと転がり落ちましたが、そのたびに立ち上がり、毛をぶるっと振ってから、また情熱の狂騒へと繰り出したのです。 静かな時間と騒々しい時間、甘美な感情と激しい争い、優雅な会話と機知に富む議論、恋や嫉妬の駆け引きと戯れ、愛撫と乱闘、幸せの持つ圧倒的な力と不幸せによる苦しみ。これらが恋に落ちたかがみを本来の自分ではなくしていました。そして月が満ちる頃には、これらすべての興奮と情熱のせいで疲れ切ってしまい、今までで一番みすぼらしく、痩せ細って、ぼろぼろの姿になっていました。 ちょうどその時、屋根についている小さな塔からピナイスの呼ぶ声がしました。
「かがみくん、かがみくん! どこにいるのかな? ちょっと家に戻っておいで!」
そこでかがみは白き彼女と別れましたが、彼女は満足した様子で冷たくニャーと鳴きながら帰っていき、かがみはというと、誇らしげに自分の処刑人のもとへ戻っていきました。処刑人は台所へと降りてきて、契約書をガサガサと鳴らしながら言いました。
「おいで、かがみくん、おいで!」
かがみは後について行き、魔法使いの台所で反抗的な態度でピナイスの前に座りました。体は痩せこけ、毛はボサボサに乱れていました。 かがみが恥知らずにも契約に反してピナイスの得るはずだったものを台無しにしたのを見て、ピナイスは怒り狂って叫びました。
「何だこれは! この悪党、卑劣な詐欺師め! 何てことをしてくれたんだ!」
怒りのあまりピナイスは箒を掴み、小さなかがみを打ちつけようとしました。ところがかがみは黒い背中を丸めて毛を逆立てたのです。逆立った毛の上では淡い光がパチパチと弾けるように輝いています。かがみは耳を後ろに寝かせてフーッと威嚇するように息を吐き、怒りを滲ませてその老人を睨みつけました。その様子にピナイスは恐れおののいて三歩後ろに飛び退き、もしや目の前にいるのは、自分のことを嘲笑い、しかも自分以上の力を持つ魔法使いなのではないかと恐れ始めました。
原著:Gottfried Keller「Spiegel, das Kätzchen」Universal-Bibliothek Nr.7709